車も完調。天気もいい。解禁まであとひと月。
日照時間もまだまだ大丈夫。そんなんで廃道や林道のコンディションを今のうちにチェックしておこうと出かけてみた。藪漕ぎに、どっかぶりの雑木。倒木に土砂崩れ、WASH OUTと何でもありだ。実走して確認しておくと日没の早くなる猟期や雪が付いた後でも無用なアクシデントが避けられると思っている。
特に注意すべきは廃道だ。藪漕ぎして突っ込んでいくと思わぬところに行き当たったりで驚いたりする。(むか~しのことだが、車の突破力を生かして一山越したら演習地だったことがある。もちろんそそくさと退散した。もう少しで標的になるところだった・・・。)
神社や墓地、工場、人家に一般道なども要注意だ。猟場の確認は是非しておいた方が良いだろう。
もう一つ、林道・廃道で注意を要するのは「下り」だ。どんな車でも下るだけなら二駆でも軽乗用でも実に簡単なことだ。しかしその林道が行き止まりで引き返さねばならないとき下りは当然「上り」となる。山の道は手ごわい!厚く積もった落ち葉が腐葉土となり水分を含むととんでもなく滑る。マッドタイヤも目詰まりしてスリック状態だ。
下りにかかる時は一度車を降りてその斜度とコンディションを再検討しよう。車重、タイヤ、装備(デバイス)を含めたイメージが大事だ。その上であえて突っ込んでみる。想定通りにエライ目に遭うはずだ。「経験が一番の先生」で、挑戦は自分を納得させるうえでもっとも不可欠且つ重要なことと分かる。
ウインチにアンカー、デフロック。チェーン、ハイリフトジャッキにリカバリーラダー。鍬にスコップにチェーンソー・・・デバイス総動員で長い一日になる・・・健闘を祈る!
先日来、機関部から微かな異音が発せられているように感じた。エンジン音がうるさい車なので本当に僅かに聞こえる程度だったがだんだん音が大きくなってきた。高周波で高回転の特徴ある音だった。映画MAD MAXのスーパーチャージャの吸気音にそっくりだった。脳裏をよぎったのは「もしやタービン? ヤバくない!?」
すぐにボンネットを開けて上から下からターボのINとOUTの辺りを見た。破れ、亀裂はない・・・ブースト圧にも大きな変化はない・・・。
頭では完全にターボからの音漏れと思い込んでいたので他に原因を探ることなくひたすらタービンに固執した。…結果何も見つけられなかった・・。
いつもの技術屋に持ち込んだ。診断は「タービンじゃないな。ボンネット開けてみよう。」で探った。「見~つけた!排気マニホールドのガスケットの亀裂でしたー。そこからの音漏れだは。」かなりホッとした。最悪しかイメージしていなかったので拍子抜けだった。
「大病だと思い込んで専門病院に駆け込んだら、ただの食あたり~。」みたいな感じ。
まずは原因究明がかなってよかった良かった。やっぱ人も車も歳をとるほどに「かかりつけ医」は大事だなと思った。車は昭和63年式(1988年)36万㎞だ。修理としては部品交換だけど、どっちみちタービンも下ろすのでついでにこれもリビルト品に交換してもらうことにした。フロントパイプも部品のあるうちにと考え交換。テンショナープーリーもガタが来てたので交換。「大病を防ぐは、予防から。」だ。
(リビルトタービンは良いは!3速から上のトルクが明らかに太くなった。気分イイ~。)
試運転を兼ねて今年度予定の新しい猟場開拓に出かけた。藪藪だったがいい廃道、林道を複数見つけた。「良い足(車)、よい場所、良い出会い」となると期待したい。
今夏お盆の真っただ中、北海道でラリーイベントが開催された。
二輪と四輪の混合イベントだ。ロジ業務担当でご一緒した。
招待選手に菅原義正氏があった。日野自動車の「レンジャー」でパリダカールラリー36回出場。7度のクラス優勝に6度の準優勝、連続20回完走の日本が世界に誇るカミオンクラスのレジェンドだ。今回はコースに合わせてジムニーでのプライベート参戦だった。
ラリー中盤の十勝でのことだ。マシントラブルが発生した。特注マフラーのブラケットが外れ燃料タンクに接触し穴をあけてしまった・・・走行不可。オンステージでの修理の範疇を超えていた・・・。
同氏はどこかに電話したようだった。お盆のど真ん中の土曜の日没間際だ。日本全国修理業者もディーラーももれなくお休みだ。
ところがなんとすぐに日野自動車がやってきた。車はスズキ自動車だけど来たのは帯広の日野。ディーラーのサービスを急遽稼働させその日の深夜にタンクもブラケットも修理してビバークに納車してきた。びっくりした!
どこに電話をしたのかは聞かなかったが、その世界における「BIG NAME」の威力をまざまざと見せつけられた出来事だった。「レジェンドとは何か、」わかった気がした。(もちろんラリーは完走し本州まで自走で帰還した。)
ちょっとたのしい体験だったので話題提供でした~。
文庫本。北海道の狩猟譚「ヒグマとの戦い」(山渓)西村武重著だ。
明治44年から昭和46年(1971年)までの50年間のノンフィクション狩猟自伝だ。
初版は1971年だが半世紀を経て文庫本で今夏復刊だ。100年前からの北海道が舞台で根室原野や道央、道北での猟が紹介されている。鳥猟に獣猟、釣りに鉱山、源泉探しと縦横無尽。この時代に生まれたかったなあ~とぼんやりと思わせる魅力満載の北海道が淡々とまとめられている。
地図片手に読み進めると面白い。ただ当時は高速はもちろん、満足な道路が敷設されていた時代ではない。鉄道と歩きだ。大変というより過酷なモンがあったんだろうなと思いを巡らせている。
もう一つは、上記一書の時代に頒布されていた㈱三田商店の猟銃猟具カタログだ。たまたま古書店で見つけた。昭和壱拾参年発行(S13年=1938年)とある。英国の水平二連やグリナー、村田銃、驚くことに拳銃や防毒マスクなんかも販売している。日中戦争下のカタログであることを鑑みれば時代だなと思う。(同社は岩手県盛岡市で明治27年創業。現在も鉄砲、火薬を含め幅広く商いをしている。)
昔の狩猟譚を読みながら眺めていると結構臨場感があって楽しい。
北海道も冒険や探検の時代があったんだな~と感慨一入だ。
夏だ!
夏野菜の激辛唐辛子が収穫時期となった。超簡単「激辛唐辛子三升漬」をお勧めしたい。
自分は家庭菜園の一角で栽培しているのでそれを収穫するが、スーパーでもこの時期生鮮コーナーに並んでいる。「激辛唐辛子」のラベルだったり「虎」のイラストだったりで普通に売っている。
用意するもの。
1、激辛唐辛子を15~6本。もちろん多い分には何本でも構わない。
2、スーパーで売っている瓶詰の「三升漬」を1個。(2個でも3個でもいい。)
3、大ぶりの空き瓶。300㏄くらいの容量。これも大きくて構わない。
4、めんみ。他のめんつゆや出汁醤油でもいい。なければ醤油でもOK。
作り方。
激辛唐辛子を3㎜~5㎜で輪切りにする。空き瓶に詰める。市販の三升漬けを全部入れる。瓶の口までめんみを注ぐ。混ぜて蓋をする。出来上がりだ。(無精モンにはもっと簡単な「醤油漬け」がいいだろう。瓶にびっちりと刻み唐辛子を詰込み、めんみか醤油を注ぐだけ。)
「鹿肉のたたき」に載せて喰うともちろんサイコーだが、夏の暑い時は「冷奴」や「キムチ」のトッピングにするとぼやけた頭がビシッとなる。まさに薬味。お試しあれ。
(刻むときは解体用のポリ手袋かゴム手があるといい。素手でやった場合は手洗いを念入りに。)
狩猟は本来冬の活動だ。なぜなら夏の獲物にはほとんど有価値(毛皮・革・肉)が見出せないからだ。
しかしながら個体数増加の調整には猟期外での有害対策を取らざるを得ない。で、出猟(認定鳥獣等捕獲事業)となる。
最高気温35℃。道産子にとってこれは生命維持の臨界点と云っていい(俺だけ?)。現場となったゴルフ場の芝も連日の猛暑とカラカラ天気で干上がり枯れていた。まるで晩秋の風景だった。
業務は夕刻から日没までの1~2時間で現場が標高のあるゴルフ場だったので本当によかった。(昔、山間部の測地測量のクマ護衛に就いたことがある。盛夏の朝5時から夕刻5時まで。昼間の最高気温が30℃を超えていたように記憶している。重たかったが3リットルの飲料水を用意した。下山時はカラになってた・・。)
今回、酷暑の割には駆除対象の出は多かった。グリーンの木陰でウサギが何羽も涼んでるし、ハトもカラスも群れていた。鹿の出現も複数確認され射獲ともなっている。
今夏の北海道は異常だ。猛暑が長い。
気にかかるのは農業被害だ。有害鳥獣対策も重要だが、農業者は熱暑・少雨対策に手間も暇も取られているものと思う。「アグリ王国北海道」 野生動物にはまだ対峙しようがあるが天候だけは神頼みだ。ここ最近「例大祭」が斎行されていないからな~…。
仕事で狩勝、釧路だった。高速を使わない一般道利用での仕事で、それまであんまり縁がなかった「道の駅」に立ち寄ることができた。
地元特産品コーナーが目に留まった。
鹿絡みの販売コーナーで、鹿角加工品のフックだったりアクセサリー、犬のおやつなんかがあったりで観光地ではよくみられる風景だった。そこで目を惹く一品があった。「一対の鹿角」だ。結束バンドで結わえただけの角。何の細工も加工もされていない・・・。
一対 ¥11,880也。
自分的にはかなり驚いた。よくはわからないけど「その手があったか~!」みたいな感じ。
具体的にどんな手かはわかっていないが。なんか「やられたー。」 感があった。
思い起こすにコロナウイルス前はインバウンドと称する中国人がこの辺りに大挙押し寄せていた。販売立地と明確な市場の特定、そしてターゲットの消費性向を捉えれば鹿角11,880円は決してハズレていない・・・。
自分もひとりの鹿関連の生産者(サンデーハンターだけど。)としてちょっと考えさせられる一品だったな。
(なんだか、値段だけが脳にちらついている・・・\11,880?、一万一千八百八十円!?、イチマンえん越え~!・・。)
巷 「ソロキャンプ」なる一人キャンプが流行りのようだ。「キャンプ場に出向いてテント張って一人で飯を食う。」そんなスタイルらしい。昔の登山で云うところの「単独行」。猟でいえば「独りころばし」の野営場ライトバージョンと云ったところか?
用品もその筋が爆売れらしい。コールマン、プリムス、トランギアなんか、昭和世代から見ると当時舶来品だったり高級品だったりの部類が今や専門店でもお手頃価格でラインナップされていたりする。隔世の感がある。
画像は昭和の日本が誇る歴史的クッカーだ。
・おなじみの飯盒だが日本国政府発注の1960年代製「官品飯盒」だ。桜印にQマーク、今の民生品に比べアルミが厚く50g位重い。真正made in Japanで頑丈な造りとなっている。吊柄のロック機構は開発者に勲章をあげたい。
・ストームクッカーは当時登山用品界で一世を風靡したブランド「PRIMA BERGAN」三共スポーツ㈱の国産品だ。アルスト仕様でアルミ素材ながらシャンパンゴールド色が奢られていて高級感を醸し出している。お値段も相当な覚悟が求められるものだった・・・。
両品ともめっちゃくちゃ旧いけど、なんか時代が一周回ってもしかするとオシャレかもしれない。
昭和のオッサンに告ぐ!
屋根裏を漁ってみよう。猟を始めたころの品々が脚光を浴びるかもしれない。そして単独猟は「ソロキャンプ」と言い換えよう。モダンなナウいヤングのポップな世界が広がるかも~。
「メインテナンス」簡単なことから始めよう。
エンジンをおろしたりトランスミッションを下ろしたりではない。
なんてことはない「視界確保」に「各部注油」と「錆び取り」だ。
「視界確保」は台所洗剤で窓磨きだ。オートバックスで専用の油膜取りとか売ってるのでそれでもいいが自分は食器洗剤の「JOY」だ。磨いた後、十分すすいで乾燥。そのあとはフロントを除いてガラコの撥水剤を塗布している(ドアミラーも忘れずに)。フロントに使わないのは夜間の一瞬の乱反射が気になるからだ。とにかく「視界」は重要な性能の一部だ。
「各部注油」はクレのCRC5-56で稼働部へ。グリスはタイロッドやペラシャフのグリスニップルへグリスガンで注油。二硫化モリブデン配合グリスならウインチ周辺やワイヤーでも使える。
「錆び取り」は車が33年経っているので結構な作業量だが、魔法の薬剤で大助かりしている。「サビキラーPRO」という商品名でBAN-ZIというメーカーだ。赤錆から黒錆への転換剤で下処理に手がかからず(水と1:1希釈で下塗りは要)出来上がりはもはや鉄板の印象だ。まるで魔法だ。お試しあれ。
旧い車に手をかけていると不具合に気づくようになる。早めに手が打てるし深刻な状況が避けられる。そうこうしているうちに目が利くようになり手が動き、サンデーメカニックとへと成長する。(ただ、今の車は専用アナライザーがないと手が出ないな。息子のXVのボンネット開けたら手を入れる余地もスペースもどこにもなかった・・。)
林道、廃道、作業道は沢筋に有って、奥に行くに従い何本もの沢を超える。
それも源流とか源頭とかの趣で、真よさげな渓相だったりする。
テンカラ、ルアー、フライに餌釣り。いろんなスタイルがあると思うがとっつきやすいのは餌釣りとルアーだ。いずれもホームセンターでフルセットがお手頃価格で求めやすい。振出しタイプだと仕舞寸で30㎝とか40㎝だ。全く邪魔にならない。
ルアーだって一番やっすいのは色々100個で専用ケース入り\2,000くらいからある。
餌釣りなら現場でぴんちょろかミミズのチョンがけでいい。一匹釣れたらそのあとは目玉を餌にずうっと使えるし餌としては効果覿面だ。
酒は絶対あった方がいい。やっすい紙パックでいい。焚火で焼き枯らした岩魚に山女で「骨酒」だ。塩焼きをハフハフいいながらで頬張って、熱々燗の骨酒で流し込む! 至高の瞬間だ。
飯なんかも飯盒で炊いてみよう。炊きあがりの飯に焼き枯らした小ぶりの魚を4~5本、尾から差し込んで15分蒸らす。頭を掴んで箸で身を挟み引っこ抜けば頭、中骨、尾がきれいに抜ける。身を飯に混ぜ込んでガッツク。さかなの焦げと塩加減、飯の焦げが最高の調味料だ!
街場でマスクして肩を落としてるより、山で飲んでる方が絶対いいと思う。お試しあれ。
(ワクチンは生産年齢人口の家庭持ちが最優先だ。ジジイはオッサンの俺を含めて最後の最後の余ったやつでいい!バーサンは別だ。金持ってるからな、優良消費人口だ。大事にしよう。)